新型コロナウイルスと嗅覚障害 〜その2〜

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COVID-19に対する緊急事態宣言が5月末まで延期されました。しかし治療薬のレムデシビルおよびアビガンの使用が5月中に国内でも認可予定され、さらに国内からも短時間判定のPCRキット発売、PCR検査とほぼ100%一致する新型コロナ抗体検査薬も5月中には提供される、など厚い雲の合間から薄日が射してきているようで心が少し安らいでいます。
前回お知らせした新型コロナウイルスと嗅覚障害の続報をお送りします。

最初に発生した中国とは異なる情報が米国やヨーロッパの多くの症例データから得られてきました。現在までのデータではCOVID-19の臨床的特徴として、味覚および嗅覚障害が高頻度に存在する(19.4%から88%の頻度)と報告されています。

味覚障害

新型コロナウイルスは 細胞表面のアンギオテンシン変換酵素2 (ACE2)受容体と結合して細胞内に感染すると知られています。
このACE2は咽頭の粘膜に広く発現しており、特に舌に多く分布しています。このACE2が味覚にどのように関連しているかについて、降圧剤として広く使われているACE2阻害薬(レニベースなど)やアンギオテンシンII受容体拮抗薬(プロプレス、ディオバンなど)の副作用の研究過程で分かってきました。これらの薬剤による味覚障害は薬剤の長期間の使用により徐々に軽減することも分かっており、これらの降圧剤の副作用として長期の味覚障害はあまり問題となっていません。さらに新型コロナウイルスは唾液ムチンのシアル酸受容体も結合することが報告され、この唾液中のシアル酸の低下が味覚閾値の上昇(味覚低下)に関連しているようです。
もう一つの可能性は、味覚と嗅覚が密接に関連して、ヒトは風味(フレイバー)として感じるので、嗅覚(匂い)が低下すると味覚も低下(風味が落ちる)しているように感じるとも言われています。

嗅覚障害

新型コロナウイルスの受容体ACE2は鼻腔粘膜にも発現されており、ブラディキニンのような炎症性ペプチドのレベルを調節して鼻炎などの上気道炎症状に関与していると考えられています。
しかし、COVID-19患者の嗅覚障害は一般的に鼻炎症状を伴わないことが多いようです。
嗅覚障害のメカニズムとして嗅覚神経経路がウイルスによってダメージを受けるためと考えられています。前回のメールでコロナウイルスが神経親和性、神経毒性が強いことを報告しました。
したがって嗅覚障害はコロナウイルス共通の症状として報告されています。
最近の報告では、COVID-19症例における嗅覚障害は発症後1~2週間で高率に回復することが報告されています。もし嗅神経細胞を障害するのであれば回復はあまり期待できないのではないかと考えられます。さらに他のコロナウイルス感染における嗅覚疾患に比較して、COVID-19では中枢神経症状の頻度が低い(25%程度)ことから、新型コロナウイルスの嗅覚障害は神経細胞に対する直接的、間接的なウイルスダメージによるものではないようだと考えられてきています。
つまり、神経細胞ではなく、ACE2受容体を発現している嗅上皮支持細胞、繊毛細胞、ボウマン腺細胞、水平基底細胞、嗅球周皮細胞などがウイルスのターゲットとなっている可能性が高く、COVID-19患者の嗅覚障害は嗅覚上皮や嗅球の支持細胞や血管周囲細胞にウイルスが感染して、その結果嗅神経ニューロンの機能を低下させていると考えられています。そのためウイルス感染が治まるとともに嗅覚障害も回復するのです。

降圧剤はCOVID-19を重症化しない

現在高頻度に使われている降圧剤であるACE2阻害薬(レニベースなど)やアンギオテンシンII受容体拮抗薬(プロプレス、ディオバンなど)を服用すると、COVID-19の重症化をきたすのでないかとメディアが伝えています。
これは動物実験で、上記の降圧剤の投与により新型コロナウイルスの受容体であるACE2の発現が上昇することが報告されており、したがったこれらの降圧剤を服用している患者さんはウイルスの侵入口である鼻やのどのACE2の発現が多いため、より早く、多くのウイルスが感染するため重症化の原因となるという推論です。
しかし、この推論は欧州心臓病学会、米国心臓協会、米国心不全学会、などから重症化を否定する以下の声明が出されています。
「心血管疾患の持病がある患者は、COVID-19に罹患すると重症化しやすく、死亡リスクも高いため、懸念があることは理解できる。しかし、最新のデータを確認した結果、ACE阻害薬やARBの使用中止を支持するエビデンスは見つけられなかった。そのため、治療レジメンを変更する際には、患者個々の必要性を考慮することを強く推奨する。治療の変更は最新の科学的エビデンスに基づき行うべきであり、医師と医療チームが共同で意思決定を行うべきだ」
日本の学会からも上記の声明を引用する形で降圧剤とCOVID-19の重症化とは関連しないと述べています。

参考論文

  1. Smell and taste symptom-based predictive model for COVID-19 diagnosis.
    Roland LT, Gurrola JG 2nd, Loftus PA, Cheung SW, Chang JL.
    Int Forum Allergy Rhinol. 2020 May 4. doi: 10.1002/alr.22602. [Epub ahead of print]
  2. Clinical features, laboratory characteristics, and outcomes of patients hospitalized with coronavirusdisease 2019 (COVID-19): Early report from the United States.
    Aggarwal S, Garcia-Telles N, Aggarwal G, Lavie C, Lippi G, Henry BM.
    Diagnosis (Berl). 2020 May 26;7(2):91-96. doi: 10.1515/dx-2020-0046.
  3. Potential pathogenesis of ageusia and anosmia in COVID-19 patients.
    Vaira LA, Salzano G, Fois AG, Piombino P, De Riu G.
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  4. Smell and taste dysfunction in patients with COVID-19.
    Xydakis MS, Dehgani-Mobaraki P, Holbrook EH, Geisthoff UW, Bauer C, Hautefort C, Herman P, Manley GT, Lyon DM, Hopkins C.
    Lancet Infect Dis. 2020 Apr 15. pii: S1473-3099(20)30293-0. doi: 10.1016/S1473-3099(20)30293-0. [Epub ahead of print]
  5. Position Statement of the ESC Council on Hypertension on ACE-Inhibitors and Angiotensin Receptor Blockers(欧州心臓病学会)
  6. Patients taking ACE-i and ARBs who contract COVID-19 should continue treatment, unless otherwise advised by their physician(米国心臓協会)
  7. HFSA/ACC/AHA Statement Addresses Concerns Re: Using RAAS Antagonists in COVID-19(米国心臓病学会)
  8. Patients taking ACE-i and ARBs who contract COVID-19 should continue treatment, unless otherwise advised by their physician(米国心不全学会)

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