引っ越しがこうも頻回にあると、世の中で良く叫ばれている「断捨離」、すなわち身の回りのものを整理する(捨てる)必要に迫られる。捨てようという意志はあるが、いざ整理するとなると記憶がよみがえってきて捨てられない。この「もの」と「記憶」の固い結びつきがほとんどの人が断捨離できない理由だろう。つまり記憶を捨てる辛さにつながるからだ。まあ、認知が進んで物に対する記憶が薄らいできたら捨てれば良いと開き直っている。引っ越しも10回を超えると家内は両手だけでは足りず、足の指まで必要よ、という嘆きのつぶやきが耳にこびりつく。しかしこの鼓膜にひびくつぶやきをものともせず、まず自分のものの整理、いや梱包と箱だしを優先してしまう(家内の非難のまなざしを避けながら)。
学会の際に国内外の美術館やギャラリーをぶらつくのは大きな楽しみだ。とくに海外では「その時に良いと思ったら絶対手に入れるべきだ。手に入れないともう二度と出会うことはなく必ず後悔する。」という(勝手な)考えで、手に入る程度の値段であれば絵画や彫刻などを購入してきた。このようなアートを見返すと手に入れた時の状況が走馬燈のように記憶によみがえる。
引っ越しして2週間を経過し、段ボール箱に囲まれた生活からやや解放されてきたが、やはり物足りない。家中の壁が能面のように沈んでいる。箱に入ったままの絵画が「早く息をさせてくれ!」と叫んでいるようだ。
今年に限った長いゴールデンウィークのお陰で、大阪、広島の息子達が帰郷してくれた(帰郷する毎に住所が変わるね!という問いかけは置いといて)。背の高い彼らの助けを借りて絵画を持ってもらい、それぞれの絵画を設置していった。まず玄関、居間、ダイニング、二階のホールなどに飾っていくと、ああ〜、ようやく家らしくなってきた。
居間に飾った二枚の絵はお気に入りのものだ。二枚ともにダンサーを題材にしたもので、バレーダンサーは米国のロバート・ハインデル、フラメンコダンサーは英国のフレッチャー・シブソープの作である。ハインデルは世界著名なバレエ団のプリマバレリーナたちの姿を描き続け“現代のドガ”と呼ばれていたが、残念ならが66歳の若さで肺気腫で亡くなった。一方のシブソープはまだ50歳前半でもっとも脂がのっている画家で、30~40歳台では精力的にフラメンコダンサーを題材にした絵を描いていたが、最近は静謐な女性像に題材を移しているようだ。
ものに対する記憶が薄らいでも、人の手による作品から伝わるかけがえのない情熱やあたたかさは、一生涯感じ続けられると思っている、いや願っている!