“いびき”は無呼吸への第一歩

頭は進化したが、顔は退化した

あなたは、“いびき”をかくと言われていませんか?

“いびき”は、熟睡している証拠などと考える人も少なくありませんが、大間違いです。
無防備な睡眠中に“いびき”をかくのは、生存競争に明け暮れる野生の動物にとっては危険を伴う行為です。
ですからヒト以外の動物は、“いびき”をかくことも、睡眠時無呼吸になることも極めて稀です。

では、なぜヒトだけが、“いびき”をかき睡眠時無呼吸になるのでしょうか?
頭蓋は、脳が収まる脳頭蓋(頭)と、顔面の基礎を成す顔面頭蓋(顔)に分けることができます。大きく発達した脳をもつヒトにとっては、脳の保管装置としての頭が重要な役割を占めますが、ヒト以外の動物では、食を探す(時には敵の情報を探知する)装置(目、耳、鼻)、そして獲得した食を咀嚼する装置(口)である顔の役割が重要です。

四足歩行から直立二足歩行に適応して、ヒトの顔の位置(目、鼻、口の位置)は頭頂から前頭へ移動しながら縦に長くなりました。そして二足歩行によって自由になった前肢(手)で食物を切り分け、火を使って食べ易くすることも成功しました。硬い物を食べる必要が少なくなると、咀嚼筋である側頭筋と咬筋が退化して、顔は小さくなりました。顔が小さく縦に長くなったことによって、空気の通り道である上気道を構成する咽頭腔も縦に長くなりました(図)。この長い咽頭腔が睡眠時無呼吸の発生しやすい部位になってしまったのです。

睡眠によって咽頭腔を開こうとする筋肉の緊張は低下するので、起きている時より上気道径は狭くなります。最初に聞こえてくるのが「寝息」です。さらに上気道が狭くなると、空気の振動音である“いびき”が出現します。さらにひどくなると上気道が閉じて呼吸ができなく(窒息状態に)なるため、“いびき”も聞こえなくなります。

松本清張は短編作品『夜が怕い(こわい)』の中で、「鼾声(かんせい) 雷の如しという言葉があるが、父のはそんなものではなく、ごうごうと鳴らしていたいびきをとつぜん停止するのである。呼吸も止めている。その間が長い。そのまま死んだのではないかと傍の者が心配して様子を窺うかがうくらいだが、そのうち―(中略)
―再びいびきをかきはじめるのである。」と、睡眠時無呼吸を描写しています。

起きている時の咽頭腔の広さが睡眠時無呼吸発症に深く関係します。太って(脂肪がついて)咽頭腔が狭くなった人が睡眠時無呼吸になることは知られていますが、元々(遺伝的に)顔が小さい人の中には、やせていても起きている時の咽頭腔が狭いので、眠ると“いびき”をかいて睡眠時無呼吸になることもあるのです。

ヒトの頭は進化して大きくなりましたが、顔は退化して小さくなりました。これが睡眠時無呼吸発症の遠因です。
この顔の退化は、現在も進行しています。同じヒトでも粗末な硬い食物を食べていた古代人は、咀嚼筋が発達していたので、顔を構成する頬骨(上顎)も下顎骨(下顎)も前方へ、外側へと押し出すように発達していました。現代人より顔は幅広く奥行きもあって、下顎も大きく(いわゆるエラの張った)がっしりした顔面骨格をしていました。上気道も広く、睡眠時無呼吸はもちろん“いびき”をかくこともなかったことでしょう。
ところが文明の発達とともに食物は急速に軟らかくなり、現代人は古代人の6分の1、戦前の半分の咀嚼で食事を摂取できるようになりました。上顎骨、下顎骨も退化して小顔は進行します。現代食品が小顔を助長して、やせているのに“いびき”をかいて睡眠時無呼吸を発症する確率が高まっているのです。

あなたの“いびき”は大丈夫ですか?