医療法人 慶友会

ステイホームウィークに海外旅行を夢想するイタリア、アルベロベッロ、ロコロトンドへ

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ゴールデンウィークに入っても新型コロナウイルス感染の収束がまだみえない。緊急事態宣言の延長も予定されており、ステイホームを余儀なくされている。収束後の生活を思いながら我慢、我慢だ。
新型コロナウイルスが現代社会に及ぼしている影響は計り知れないものが有り、紀元前BC, 紀元後ADになぞらえて、BC (before corona)、AC (after corona) ということばまで出てきている。ちなみに現在はMC (mid corona)か。イタリアはCOVID-19感染の猛威に見舞われており、ロックダウンの初期は国民が窓際に座って、近所の皆と明るく唱っていた映像が流されていたが、さすがの明るい国民性もやや疲れ気味かもしれない。このような時はAC(コロナ後)のイタリア旅行を夢想して、じっとステイホームしていよう。

大分前にイタリアのトスカーナ地方にあるシエナで開催された学会後に、南イタリアの世界遺産を廻った。アルベロベッロという赤ちゃんをあやすような名前の小さな町は「トゥルッリ」と呼ばれるトンガリ帽子屋根の家屋で知られている。トゥルッリのホテルに宿をとり、翌日は隣町のマルティナ・フランカにバスで向かった。ホテルのフロントでバス停の場所を聞き、バスで約30分ほどで目指すマルティナ・フランカに着いた。
バロック様式のサント・ステファノ門をくぐると壁で囲まれた旧市街で、迷路のような小道とそれに続く広場はすべてバロック様式の建物で囲まれており、中世にタイムスリップした散歩を楽しんだ。

夕方に近くなり、さあ、アルベロベッロに帰ろうかと思い、サント・ステファノ門の近くにいた警察官に帰りのバスの乗り場を尋ねた。怪訝な顔で私を見ながら、「今日は休日でバスは走っていないよ」と言う。「朝はバスでここまで来たのだから、そんなことはないよ」と私が反論すると、「休日のバスは朝だけで、午後からは休みだよ」と、そんなことも知らないで良く旅をしているねという無慈悲な表情で言い放ったのである。さあ、どうしよう。さらに聞くとバスだけでなく電車も走っていないという。まさか歩いて帰るわけにはいかない。ホテルだけを予約し、交通はなんとかなるというお気楽ないつもの一人旅だが、さすがに少し慌てた。あとはタクシーだけが頼りだが、街中をさがしてもタクシーは一台もいない。休日は走っていないのか・・・?
しばらく思案して、ホテルを探すことにした。ホテルにもタクシーは待機していなかったので不安が頂点に達したが、フロントに頼み込んで自宅で休んでいたタクシー運転手を呼んでもらいやっと帰れることになった。

帰りのタクシーでは気さくなドライバーが「日本から来たのかい。私の娘も一度東京に行ったことがあるよ。」などと話しかけてきたが、イタリア語があまり分からないので聞き流していたが、アルベロベッロに向かう途中、小高い丘の上に白い住居群が見えてきた。この町は「丸い場所」を意味するロコロトンドだった。ここの旧市街は聖母教会を中心に白い建物がリング状に広がってため、この名前が付いたとのこと。こちらも拙いイタリア語であそこに見える町に行ってくれないか、と頼み、30分ほど村の入り口で待ってもらった。それからライカを抱えて白い迷宮のような小道を歩き出した。
しばらくすると、この少女に出会ったのである。まるで物語に出てくるようなシーンで、カメラを向けて撮ろうとしたら、近くで友達と話していた母親が「おじさんの邪魔になるからこちらに来なさい」なんてことを言っている。No, No!そこに居て!と懇願してたった1枚だけ撮れたのがこのシーンだ。ライカM6のフィルム写真でうまく撮れたかどうかもわからず、日本に帰って現像するまで不安であった。現在はデジタルカメラの時代ですぐに写真を確認でき、短時間に何枚でも撮れるが、思い起こすと気に入った写真はフィルムカメラの方が多かったような気がする。限られたフィルムで少ないチャンスをじっくり掴もうとする気持が写真に残っているのかしれない。

バーリ、アルベロベッロ、ロコロトンド、マルティナ・フランカ、はコロナ後の再び訪れたい旅行リストの最上段に上げられる思い出深い町だ。

ひとりぼっちの女の子(ロコロトンド、イタリア)