新型コロナウイルス感染(COVID-19)の症状として、匂いの消失や低下という嗅覚障害の報告が増加しています。韓国、中国、イタリアからの多くの情報から、かなりの数のCOVID-19患者が嗅覚障害をきたしており、ドイツではPCRで感染確定された3人のうち2人以上が嗅覚障害を示し、韓国ではPCR陽性患者で比較的軽症な患者の30%が嗅覚障害を訴えていたと報告されています。このように軽症で他の症状がほとんどない患者において、嗅覚障害を示した患者数の報告が急速に増加しています。
一般的に感冒やインフルエンザなどのウイルスによる上気道感染後の嗅覚障害は、成人における匂いの障害のもっとも主要な原因であり、約40%がウイルス感染によるものと報告されています。200種類以上のウイルスが上気道感染を引き起こし、その多くが感染後嗅覚障害の原因となります。このようなウイルス性上気道感染症では鼻粘膜の浮腫やうっ血、鼻汁などにより、鼻からの通気が障害され、鼻の深部?脳底部に位置する嗅細胞(嗅神経の末端)に匂いが到達できないため、嗅覚障害が起こることが多いのです。しかし、COVID-19のようなコロナウイルスは神経親和性、神経浸潤性であることが知られており、このウイルスによる嗅覚障害は嗅覚システムをターゲットとするウイルスの神経毒性の特徴に由来すると考えられています。
嗅覚機能検査として一般に行われるのは、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)です。
アリナミンR注射液(アリナミンFRはにおいの強度を弱めており、本検査には適していない)を左上肢正中静脈から20秒かけて注入し、ニンニクまたはタマネギ臭が感知されるまでの時間(潜伏時間:正常者平均8秒)と消失するまでの時間(持続時間:背右上者平均70秒)を測定します。潜伏時間が延長し、持続時間が短縮している場合に嗅覚低下、全く反応がない場合を嗅覚脱失と診断します。
実際の臨床現場では、COVID-19疑いの患者さんが来られた際に、血液検査とともにアリナミン検査を行うことが勧められます。
嗅覚障害を有する患者は塩味や甘味のような異なった味覚を感じることができ、すぐに味覚障害を示すことは少ないのですが、香りと味とあわせた風味(flavor, フレーバー)が認識できなくなるので、香りがしないと「風味が落ちて」しまうのです。したがって、嗅覚障害の患者は味覚も低下していると診断されることが多いのです。
米国の耳鼻咽喉科医、Yan女史の報告では、嗅覚障害および味覚障害を有している場合には、他の原因よりCOVID-19感染の可能性が10倍以上高いと報告しています。したがって、嗅覚・味覚障害がCOVID-19の初期症状として重要であり、倦怠感とともに患者診断の共通の第一症状と考えられるとしています。
この嗅覚障害の程度はかなり重症な場合が多いのですが、幸いにも感染から回復する2-4週後にはほとんどの患者(70%以上)がこれらの感覚障害からも回復すると報告しています。
これらの嗅覚障害患者は現在のPCR検査や自己隔離の基準に満たない患者のため、潜在的キャリアーとしてCOVID-19の急速な拡散を増幅してしまう恐れが大きいと指摘されています。したがって他の症状がほとんどなく嗅覚障害のみの場合は、嗅覚障害の症状がCOVID-19患者と認定するためのスクリーニング手段として極めて有用で、そのような患者はまず7日間の自宅での自己隔離を行い、その間に他の症状(倦怠感、発熱、咳嗽など)が出現するかどうか観察するようするよう指導することが、ウイルス拡散を予防する上で極めて重要であると強調されています(英国耳鼻咽喉科学会)。
参考文献
Loss of sense of smell as marker of COVID-19 infection (https://www.entuk.org/loss-sense-smell-marker-covid-19-infection)
AAO-HNS Coronavirus Disease 2019 (https://www.entnet.org/content/coronavirus-disease-2019-resources)
n CH, et al. Association of chemosensory dysfunction and Covid-19 in patients presenting with Influenza-like symptoms. International Forum of Allergy & Rhinology April 12, 2020, doi:10.1111/alr.22579