土曜の夜のシネマーポルトガル、リスボンへの誘い

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週末の夜はシネマの時間が楽しみだ。和歌山の海沿いの自宅には昇降式のスクリーンを設置しており、子どもが小さかった頃は一緒に近くのレンタルビデオショップに出かけビデオを借りて映写会を楽しんだ。シネマの世界も音楽の変遷と同じように、カセットビデオからあっと言う間にDVDに様変わりし、その上位規格のブルーレイディスクに一時期移行するかと思ったが、広く普及するまでに至らず現在ではネット配信が主流となっている。

私もアマゾン・プライムビデオかアップルTVによるビデオ配信を大画面TVで楽しんでいる。映画館で封切りされている映画は当然視聴は無理だが、レンタルが開始された映画はほぼネット配信で観ることが可能だ。米国の人気テレビ映画シリーズものも視聴でき、その中でも「BOSCH/ボッシュ」をときどき楽しむ。私のもっとも好きなミステリー作家の一人であるマイクル・コナリー(米国)の作品を原作にしたもの。ロサンジェルス市警殺人課の刑事ハリー・ボッシュを主人公にしたものだが、単なる探偵・犯罪ドラマに終わらず、人物造詣や心理描写に優れ、複雑でスリリングな展開を通して、自分のアイデンティティの確立を果たしていくドラマが見物だ。是非原作から読むことをお薦めする。現在まで30作近い作品が日本でも翻訳されいずれも評判が高いが、読んでみようと思う方にはまず「エコー・パーク」「リンカーン弁護士」「わが心臓の痛み」などから始めるのが良いかも・・・。
因みにマイクル・コナリーの顔写真をみると、私の友人であるイスラエルの小児感染症医ロン・ダガン教授にとても良く似ているので、その意味でも親近感を持っている。

昨夜は犯罪ミステリードラマと異なり、ややミステリーの色合いがあるが文学的な作品を楽しんだ。スイスの作家で哲学の教授でもあるパスカル・メルシェの著書「リスボンへの夜行列車」(早川書房)を映画化したもの(邦題「リスボンに誘われて」)。
自分の人生に何一つ不満はない・・・と思っていたスイス、ベルンの古典文学の初老教師が、ポルトガルの作家アマデウ・プラドの本、ポルトガル語で書かれ、しかも100冊しか印刷されなかった本に出会い、自分の人生に疑問を持ち、すべてを捨ててリスボンへの夜行列車に飛び乗ったところから始まる。

プラドの本はポルトガルにおける民主化運動の荒波に翻弄されながらも、自分たちの信念を貫こうとした若者たちの魂の記録であった(カーネーション革命)。原作は作家プラドの人生を追いかけていく内に、人生の意味を掴んでいくというストーリーで、読後の満足感、達成感の大きい小説である。心に残ったことばがいくつかある。
「我々が、我々のなかにあるもののほんの一部分を生きることしかできないのなら・・・残りはどうなるのだろう。
「言葉が作用をもつこと・・・人を動かしたり、人の動きを止めたり、笑いや涙をもたらしたりできること・・・子どもの頃からずっと不思議だと思ってきた。そして、そのことに感動する気持ちは、決して消えなかった。いったい言葉はどうやってそれを成し遂げるのだろう?まさに魔法ではないか? だが、いまこの瞬間、言葉はいつもよりずっと神秘的なものに思われた。

映画の中では私が10年前に訪れたリスボンの風景がほとんど変わらずに映し出されており、大航海時代の栄光は観光地のみしかなく、不況下で市内のケーブカーや市街地の建物はよごれていたが、街を歩く人々の顔はしたたかな生活力を発散していたことを思い出す。

リスボンのケーブルカー ビッカ線(2009年6月撮影) 時刻表はなく乗客が集まれば発車するというおおらかな運行で、市民が頻繁に線路を歩いているため、のんびりした速度で走っていた。

「リスボンに誘われて」(DVD) 独裁政権によりポルトガルが支配されていた1970年代(カーネーション革命)を、現代からプラドの本をもとに追っていくというミステリアスな筋書きで、見応えがあるとともに癒やされるエンディングだ。

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